ロシアはなぜ中国を選んだのか

分析資料

西側のロシア専門家はロシアについて専門的であるほど、「ロシアは中国を潜在的脅威として見ている」との認識が強い。しかし、最近の情勢は、米国と対抗する上で明確に中国と協力するというロシアの強い意思を示している。

ロシアは中国を脅威と見ているか

ロシアが公式に中国を脅威としたことは一度もない。しかしその潜在的脅威について、例えば、防衛研究所地域研究部長の兵頭慎治は次のように述べている1

中国の「一帯一路」、とりわけ「氷のシルクロード」がロシアの影響圏に関わる可能性があるとロシアが認識していること、中国の核戦力増強に対してロシアも軍事的な対応が求められていることから、ロシアの安全保障には「中国要因」が存在し、中国が「一帯一路」構想を強化し、中距離核戦力を増強するにつれて、その「中国要因」は増大することになるであろう。

またイスラエルのハイファ大学客員教授のマルセル・ド・ハースは、ロシアの対中脅威認識について次のように分析している2

中国はロシアにとって脅威になるだろうか。そのとおりだろう。おそらく軍事的なものではないが、地域の政治的および経済的影響という点では確かにそうなのだ。モスクワがロシア極東への中国の人口統計学的および社会経済的影響力の高まりを阻止することができるかどうかは疑問である。この先数十年の間に北京が事実上、ロシアのこの地域に君臨することは予想できないことではない。中国人とそこにいる中国企業の数が多いからだ。そして、中央アジアの旧ソビエト共和国への継続的な取り組みが国家安全保障問題としてモスクワによって考えられているならば、この地域における中国が支配する経済的役割は、ロシアにとって北京によるもう一つの脅威として感じられているはずだ。

米国要因

ただし、これらの分析に共通するのは、米国に対抗するという中ロ共通の政治目的に関する視点が除外されている点である。最近の中ロ関係の緊密化について、米国要因を重視した立場からは、例えば北海道大学名誉教授の木村汎は次のように分析している3

ロシアと中国の関係は、確かに微妙かつアンビバレント(愛憎両感情の併存)である。両国は地理的近接性と経済的補完性をもつために互いに他を必要とする。と同時に敵対し合う萌芽(ほうが)も内蔵している。今や中国が昇りゆく新興大国だとすれば、ロシアは沈みゆく旧大国と見なされる。両国は関係を逆転し、かつて弟分だった中国は兄貴分の地位を占めようとしている。とはいえ、少なくとも当分の間は唯一の超大国たるアメリカに対抗する必要に迫られている。そのために、両国は好むと好まざるとにかかわらず、共同スクラムを組もうともくろむ。

また、新アメリカ安全保障センターのアンドレア・ケンドール=テイラー、および国際共和研究所のデビッド・シャルマンは、ロシアが中国をどのように見ているのかについてロシア専門家たちのコンセンサスが不在となっている状況を批判した上で、次のように主張している4

プーチンがこの2つの構想(※ロシアのユーラシア経済連合と中国の一帯一路構想)を同期させることに積極的であることは、彼が中国との関係を、アメリカとの関係とは違って、ゼロサムとは見ていないことを意味する。中国との関係におけるジュニアパートナーとしての位置づけをプーチンは次第に受け入れつつある。

さらに、米国の民間シンクタンクであるストラトフォーは、次のように分析している5

 ロシアと中国の協力は、グローバル政治と外交において最も先進的である。両国は、中東での米国の介入に関しては国連安全保障理事会でそろって拒否権を発動し、国際金融機関でより強い影響力を追求し、サイバー犯罪やミサイル防衛で米国を強く批判する立場をとるなど、グローバル秩序に関する最も重要な問題で歩調を合わせてきた。本来主権に敏感な中国がロシアによるウクライナ介入への批判を控えている。そしてロシアは、南シナ海や日本海での軍事演習に参加することによって、海洋権益をめぐる対立での中国の立場を暗黙のうちに支持してきた。

その他の要因

防衛大学校准教授の小泉直美は、プーチン大統領が就任当初から極東開発を重要視していたことに着目し、その目的達成のために中国との協力は不可欠であったと主張している6

ロシアは21世紀のベクトルは東方であるとして、ロシア版ピボット・イースト(東方シフト)戦略をとっている。ウクライナ危機でロシアと西側との関係が悪化する中、以前にもましてロシアの対中接近が顕著になったために、西側からの阻害がロシアの東方戦略着手の原因であるかのように言われることがあるが、そうではない。プーチンにとって極東開発は、就任以降の戦略方針であった。EUの財政危機や不況によって、ようやくビジネス界がプーチンの描く戦略に追いついてきたのである。

また、カーネギー平和財団のユージーン・ルーマーは、米国要因についてさらに発展的な立場をとり、より正確には、ロシアは米国主導の「国際秩序」に反発しているのだと主張しており、またその方針はプーチンが大統領に就任する以前のプリマコフ外相時代から引き継がれたものだとしている7

プリマコフ・ドクトリンが最近のロシアの方針を定めている。(中略)プリマコフ・ドクトリンにおける重要な要素の1つは、旧ソ連領域におけるロシアの優位性の主張と、ロシア主導による旧ソ連構成共和国群の緊密な統合である。NATO拡大への反対、より広範には、NATOと米国主導の国際秩序の弱体化がもう1つの要素である。中国とのパートナーシップは第3の重要な要素である。これら3つの要素はすべて、今日のロシア外交政策の重要な柱のままである。

米国の国立アジア研究所(NBR)のナデジ・ローランドは、ロシアに対する中国の姿勢を分析し、最近の中ロ接近の理由の1つとして、中国がロシアに警戒心を抱かせないように努力している点を指摘している8

中国とロシアはユーラシアを戦場ではなく共同の遊技場(playground)に変えることができるかもしれない。中国の指導部は、敏感で不安定なロシアが自身の影響圏とみなしている地域で中国の影響力が上昇すれば、過剰反応する可能性があることをよく認識している。対立を避けるために、北京の方針は協力的なカードを使用することであり、中国によるユーラシアへの進出は実際にはロシアの目標を支持しているのだとクレムリンを説得し、共通の政治的、経済的、安全保障上の利益に焦点を合わせ、モスクワが喜ぶならばと「大ユーラシア」の指導者としての役割を主張させるままにしている。

カーネギー平和財団のドミトリー・トレーニンは、この点について、中ロのパートナーシップを支えているのは両者の「平衡感覚」であると主張している9

中国とロシアの関係の本質は、次のようにまとめることができる。この先ロシアと中国は決して対立することはないが、必ずしも行動をともにするとは限らない。事実、モスクワと北京は、「大国間関係」という新しいモデルを考案した。 中国とロシアのパワーを測定した場合には多くの側面において大きな違いがあるが、彼らは自分たちの関係において本質的な平等を維持することに成功した。 中国とロシアのパートナーシップを継続するために不可欠なのは、この平衡感覚である。

まとめ

こうした専門家たちの議論をまとめると、つぎのようになるだろう。ロシアは中国を潜在的な脅威と見てはいるものの、現在のロシアはそのリスクを受け入れている。その理由は、

  1. 中ロは米国に対抗するという政治目的を共有していること
  2. ロシアには米国主導の「国際秩序」がどうしても受け入れられないこと
  3. ロシアには極東開発のために資本を投入してくれるパートナーが必要であること
  4. 中国がロシアに警戒心を抱かせないように多くの工夫を行っていること

等が挙げられよう。

最近の中ロ関係の緊密化は、ロシアにとって、これらのメリットがリスクを大きく上回るとロシアが計算したことを示唆するものと考えられる。

  1. 兵頭慎治「諸外国の対中認識の動向と国際秩序の趨勢⑩:ロシアの安全保障における「中国要因」」日本国際問題研究所、China Report、Vol. 33、2019年3月27日。
  2. Marcel de Haas, “Russian-Chinese Security Cooperation: The Bear and the Dragon,” Roger E. Kanet ed., Routledge Handbook of Russian Security, Taylor and Francis, 2019, pp. 339-340.
  3. 木村汎「露の軍事的威圧を黙認するな」産経新聞、正論、2018年9月18日。
  4. アンドレア・ケンドール=テイラー、デビッド・シャルマン「中ロパートナーシップの高まる脅威-手遅れになる前に行動を起こせ」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2019年6月、48-54頁。
  5. “Joint Interests Against the U.S. Deepen the Sino-Russian Embrace,” Stratfor, November 5, 2018.
  6. 小泉直美『ポスト冷戦期におけるロシアの安全保障外交』志學舎、2017年、190頁。
  7. Eugene Rumer, “The Primakov (Not Gerasimov) Doctrine in Action,” Carnegie Endowment for International Peace, June 5, 2019.
  8. Nadege Rolland, “A China-Russia Condominium over Eurasia,” Survival, vol. 61, no. 1, February-March 2019, pp. 7-22.
  9. Dmitri Trenin, “Russia, China Are Key and Close Partners,” Carnegie Moscow Center, June 5, 2019, carnegie.ru/2019/06/05/russia-china-are-key-and-close-partners-pub-79262.