ロシア東部軍管区で「新たな師団」が復活
本稿は、2019年3月に東部軍管区司令官ゲンナジー・ジトコ中将が「1個自動車化歩兵師団新編」と発表した事象について分析し、その意図を評価するものである。
東部軍管区における師団の復活
2019年3月11日、東部軍管区司令官ゲンナジー・ジトコ中将が「昨年(2018年)12月までに1個自動車化歩兵師団が新編された」と発言した1。東部軍管区に師団ができたのは、(島嶼防衛専門部隊である北方領土の第18機関銃砲兵師団を例外として)2009年の軍改革以降初めてのことである。この師団は2018年5月にショイグ国防相が「検討されるだろう」と言及していた「第5軍第127自動車化歩兵師団」と同一と見られ2、その動向が注目されている3。
分析のアプローチ
本事象を分析するに当たり、3つの視点からのアプローチを試みる。1つは、特に2010年頃より顕著となっている東部軍管区の増強の一環として本事象を捉える見方である。これについては、特に新型戦術ミサイルのイスカンデルMの配備を中心に見ていきたい。
2つ目は、ロシア軍における師団という部隊構造が持つ意味についての視点である。特に2009年の軍改革によってロシア地上軍のほぼ全ての師団が旅団に改編され、失われたにも関わらず、2013年以降、主に欧州方面でいくつかの師団が復活してきた経緯から、今次東部軍管区での師団復活の意味をさぐる。
3つ目は、2018年の東アジア地域における安全保障環境と関連させる視点である。これについては、北朝鮮の核・ミサイル問題との関連を中心に見ていきたい。
東部軍管区の増強-戦術ミサイル・イスカンデルMの配備
東部軍管区の地上部隊は、主に4,133kmにもおよぶ中国との国境沿いに配備されている4。国境を挟んだ中国側は中国人民解放軍の北部戦区であり、同戦区は3個集団軍17万人の兵力を抱えているとも言われている5。他方、東部軍管区のロシア軍は約8万人であり6、中国との戦力差は大きい。
しかしながら、ロシア軍全体としての配備の重心は依然として欧州方面にあり、ロシアとしては極東の部隊増強には限界がある。かかる状況下、中国との戦力差を補填する文脈において、東部軍管区の増強は新型の戦術ミサイル・イスカンデルMの配備を中心に語られてきた7。
イスカンデルMは核弾頭搭載可能な地上発射式ミサイルであり、その射程は500kmとされる。ミサイルには弾道ミサイル(SRBM)と巡航ミサイル(GLCM)があり、米国は9M729と呼ばれる巡航ミサイルが射程2,500kmである可能性があるとしてINF条約違反であると指摘してきた8。これに対し、ロシアは射程500kmでありINF条約に違反しないと主張しており、2019年1月には外国駐在武官向けに9M729巡航ミサイルの展示会まで行ってアピールしている9。
イスカンデルMの配備は旧型のトチカUを更新する形で、2013年から順次進められ、2017年の第29軍への(更新ではなく)新規配備によって、東部軍管区の4個軍全てが隷下にイスカンデルMのミサイル旅団を持つことになった10。
こうした東部軍管区の地理的特性と部隊配備の状況11、そして戦術ミサイルの更新を中心に東部軍管区の戦力増強を俯瞰した場合、やはり東部軍管区の増強は中国とのパリティを維持するための努力の一環であるとの見方にならざるを得ず、今回の師団復活についてもその延長にあると位置づけることは一定の妥当性を持つのかもしれない。
しかしながら、政治経済軍事の各領域での中ロの接近が著しい昨今の状況下において、中国警戒論のみによって今回の師団復活を説明することは危険である。何よりも、今回の師団復活がなぜ大陸最東端の第5軍であるのかを説明できない。そこで、次にロシア軍における師団構造の持つ意味について見ていきたい。
ロシア軍における師団と旅団
ロシア軍の旅団(自動車化歩兵や戦車旅団)は、米陸軍のような師団内旅団とも、陸上自衛隊のような師団を小型化した旅団とも異なる。なぜなら、2009年にほぼ全ての師団を解体して旅団化した目的は、充足率を高めて部隊を常時即応化することと、ローカル戦争への対処にあったからだ12。
2009年の軍改革の成果は、2014年のウクライナ東部におけるロシア軍侵攻に見ることができる。そこでの戦闘は明確な接触線のない、分権的、流動的な戦闘であった13。
この作戦に参加した部隊はロシア全土から集められた大隊戦術グループ(BTG: batal’onnaya takticheskaya gruppa)であり、一説によれば、全国66の旅団等が部隊を派遣し48個BTGを編成したとも言われている14。2009年の軍改革はこのBTGを生み出すための改革だったと言っても過言ではないだろう15。
これまでのロシア軍における旅団と師団の違いに関する議論を見ると、およそ次のような分類が可能である。
旅団
- 固定的な接触線を形成しない戦い
- 分権的、流動的、機動力で補給線を奪い合う戦闘様相
- 行動範囲が限定的、縦深地域への進出に難あり
- 組織構造の結節が少なく意思決定速度が早い(旅団-3個大隊)
- 戦況推移速度が早い上に隷下部隊の数が多く、統制に難あり
- 軍人(特に上級将校)に受けが悪い(忙しい)
- コストパフォーマンスが良いため文民指導者の受けが良い
- 多機能で職業軍人制と相性が良い
- 旅団の隷下部隊だけでBTGを編成できる(調整が軽易)
- 反乱対処、ローカル戦争、小規模戦闘向き
師団
- 固定的な接触線を形成
- 集権的な火力運用、突破口の形成
- 連続的に部隊を超越させて縦深地域へ進出
- 重厚長大で意思決定速度が遅い(師団-3個連隊-9個大隊)
- 多数の兵員(特に歩兵)が必要
- 真面目な軍人ほど「師団こそ最も優れた構造」との意識が強い
- コストパフォーマンスが悪く兵員不足に陥り「空洞化」しやすい16
- 歩兵の数が求められるため徴兵制と相性が良い
- 連隊がBTGを編成する際に師団隷下の部隊が必要(調整が猥雑)
- 伝統的正規戦、大規模戦争向き
旅団編成の部隊は、火力を集中的に運用し連続的に部隊を超越させて縦深地域へ攻め込むような作戦には向かない。ウクライナ東部の戦闘はウクライナ全土に及ぶことはなかったが、その事実はロシアによるリスク計算の結果であると同時に17、BTGによる戦闘の限界でもあったと考えられる。
すなわち、2016年にウクライナ国境付近で師団を復活させた理由は、ウクライナ東部で代理勢力を維持したロシアが、NATOや米国による介入阻止を目的として圧力をかけ続けるためには、今後さらに支配地域を拡大することが可能であるという暗示的かつ強力な意思と能力を誇示する必要性を認めたからであろう。言い換えれば、いつでもウクライナを攻めることができる姿勢を示して心理的な圧力をかけ、自身の外交政策が有利に働くことを企図したのである。
ここで一度、東部軍管区での1個師団復活へ至るタイムラインを整理すると、次のようになる。
- 2007年、ミュンヘン安全保障会議でプーチン大統領がNATO拡大に警告
- 2008年、ジョージア戦争(師団による戦争)
- 2009年、軍改革により地上軍の全部隊が旅団化
- 2013年、モスクワ近郊で2個師団復活
- 2014年、ウクライナ危機(BTGによる戦争)
- 2016年、ウクライナ国境付近で3個師団、他2個師団が復活
- 2017年4月、ロシア軍が北朝鮮国境に部隊を移動させているとの報道18
- 2018年5月、ショイグ国防相「アジア太平洋地域に緊張の火種が現出」発言19
- 2018年9月、「ボストーク2018」演習
- 2018年12月、東部軍管区で1個師団が復活
ここで鍵となるのは、ショイグ国防相による「緊張の火種」発言と「ボストーク2018」演習であろう。2018年5月のショイグ国防相の発言は、朝鮮半島での情勢変化に対する東部軍管区の対応の必要性を述べたものだ。
さらに、「ボストーク2018」演習では中ロ部隊の相互運用性が高まり、中国が「ほぼ同盟国」化していることがわかっている20。また、ウクライナであれほどBTGによる戦闘を行ったにも関わらず、 ツゴル演習場での訓練では、BTGとして独立的に行動させるのではなく、旅団編制を維持したまま伝統的な大規模地上作戦の実施を試みた。より正確に言えば、師団を含む中部軍管区と旅団のみの東部軍管区を対抗方式の演習で対決させた。つまり、「ボストーク2018」演習の「隠された」目的として21、旅団だけでは縦深作戦に支障があることを証明しようとした可能性が考えられる。
こうした文脈の中で読み解くならば、現在の東部軍管区にとって中国軍は友軍であって仮想敵としての優先順位はかなり低いと見られ、かかる状況下での師団の復活はむしろ米軍や韓国軍との戦争を想定したものとなろう。さらにその狙いは、ウクライナで行ったことと同様に、いつでも中国とともに朝鮮半島を攻めることができる姿勢を示して米韓に心理的な圧力をかけ、自身の外交政策が有利に働くことを企図したと考えられる。
朝鮮半島情勢
最後に、北朝鮮の核・ミサイル問題と師団復活の関連を見ていきたい。まずタイムラインを整理すると、次のようになるだろう。
- 2018年1月、マティス米国防長官「北朝鮮との戦争計画」発言
- 2018年3月、金委員長訪中(初)
- 2018年4月、南北首脳会談
- 2018年5月、金委員長訪中(2回目)
- 2018年5月、米朝首脳会談中止発表
- 2018年5月、安倍首相訪露、北朝鮮問題等について議論
- 2018年5月、ショイグ国防相「アジア太平洋地域に緊張の火種が現出」発言
- 2018年6月、米朝首脳会談(シンガポール)
- 2018年6月、米韓合同演習「ウルチ・フリーダムガーディアン」中止発表
- 2018年6月、金委員長訪中(3回目)
- 2018年7月、ポンペオ米国務長官訪朝、北朝鮮「強盗的な非核化の要求」と不満表明
- 2018年8月、空前規模の「ボストーク2018」演習、中国軍参加
- 2018年9月、南北首脳会談、「事実上の終戦」宣言
- 2018年10月、米韓合同演習「ビジラント・エース」中止発表
- 2018年11月、東部軍管区司令官にゲンナジー・ジトコ中将が就任
- 2018年12月、マティス米国防長官辞任
- 2019年1月、金委員長訪中(4回目)
- 2019年2月、米朝首脳会談(ベトナム)
- 2019年3月、米韓合同演習「フォール・イーグル」中止報道
- 2019年3月、東部軍管区司令官、「1個師団新設」発言
- 2019年4月、金委員長訪露
- 2019年5月、北朝鮮ミサイル発射、イスカンデルに類似
- 2019年6月、シャナハン国防長官代行が長官指名を辞退
- 2019年6月、習近平国家主席訪朝(初)
結果はまだ見えない部分も大きいが、現時点での暫定的な評価としては、朝鮮半島における米国の関与は低下しつつあると見ることができるだろう。とりわけ、北朝鮮の核・ミサイル問題への関与に積極的だったマティス国防長官の辞任の影響は大きいとみられる。
おそらく、現状はロシアの望んだシナリオに近いものと思われるが、このような事態を招いた主たる要因がロシアの行動にあると判断することは現時点では困難である。しかしながら、ロシアは自らの軍事面での行動が米国の関与を低下させたと認識する可能性は大きい。 ロシアは米国の直接の矢面には北朝鮮を立たせ、また軍事力を利用して中国を暗示的に支持する立場を示しつつ、今後も、軍事面での圧力を強めて核・ミサイル問題へのコミットの度合いを高め、東アジアにおける「不可欠な存在」となることを目指して行動するだろう22。
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- Eugene Rumer, “The Primakov (Not Gerasimov) Doctrine in Action.”
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- “Shojgu: boevoj coctav VVO sovershenstvuetsya is-za vozmozhnykh ochagov napryazhennosti v ATO,” TASS Russian News Agency, May 25, 2018, tass.ru/armiya-i-opk/5236358; この文脈において「第5軍第127自動車化歩兵師団を編成」と言及している。Ministry of Defence of the Russian Federation official website, “V Moskve sostoyaloc’ zasedanie Kollegii Ministerstva oborony,” May 25, 2018, function.mil.ru/news_page/country/more.htm?id=12177432@egNewsВ.
- ボストーク研究所「「ボストーク2018」演習に見る中ロの軍事協力」2019年6月12日、vostokresearch.jp/?p=244。
- 連邦議会防衛安全保障委員会のフランツ・クリンツェビチ前副委員長は「演習の結果は絶対に秘密だが、あらゆる演習では欠点が明らかになる。その欠点を分析し、排除するための決定がなされる」と指摘した。Sergej Spitsyn, “Pristushit’ korejskij ochag. Rossiya gotovit simmetrichnyj otvet kontingentu SShA na Dal’nem Vostoke,” FederalPress, November 14, 2018, fedpress.ru/article/2153381.
- 「不可欠な存在」を目指すロシアの行動原理についてはEugene Rumer, “The Primakov (Not Gerasimov) Doctrine in Action.”を参照。