ロシア軍における「非スタンダードな形態と手法」とは何か

分析資料

本稿は、ロシア軍高官たちの間で頻繁に使われる「非スタンダードな形態と手法」という用語の意味するところを探り、その背景を分析するものである。

「非スタンダード」という表現の流行

2019年5月、東部軍管区司令官ゲンナジー・ジトコ中将は冬季訓練期間を総括し、次のように発言した1

演習間に非スタンダードな戦闘行動の形態と手法を取り入れることは、全てのレベルの指揮官にとって主要な課題である。この際、指揮所の展開や移転、全方位的な部隊支援、高度に機動的な実働状況での部隊支援を最も優先的に重視する必要がある。

ゲンナジー・ジトコ東部軍管区司令官

ジトコ司令官がこうした発言を行うのは初めてではなく、同年3月の軍機関紙「赤星」においても同様の発言が見られる2

また、ジトコ司令官のみならず、同じ表現を使用した例としては、2018年9月の「ボストーク2018」演習開始時の駐在武官向けブリーフィング時におけるワレリー・ゲラシモフ参謀総長の発言や3、2018年11月にジトコ中将が東部軍管区司令官に就任したのと同時期に西部軍管区司令官に就任したアレクサンドル・ジュラブリョフ大将の2019年5月の発言4、さらにはジュラブリョフ大将の前任者であるアンドレイ・カルタポロフ西部軍管区司令官(当時)の2018年6月の発言にも5、同様の表現が見られる。

時系列的に見て、この表現を好んで使い始めたのは、2016年にシリア作戦の指揮官をつとめ、2018年には発足したばかりの軍政総局の初代局長に就任し6、ロシア軍内で影響力を強めつつあるとみられるカルタポロフ大将であるとすれば、ゲラシモフ参謀総長を除く3人の軍高官が同じ表現を使用するというこの現象は、カルタポロフ大将によるジュラブリョフ大将やジトコ中将への影響力の強さを示すものと見ることもできるのかもしれない。

「非スタンダード」が意味するもの

文面どおりにこの表現を捉えるならば、一義的には「型どおりの考え方を捨てる」という進取の気性を示す意味があるだろう。実際、軍事科学アカデミーの学会誌においても「非スタンダードな」という形容詞は、これまでどおりの標準的なやり方では新しい環境に対応できないという文脈において使用される単語のようであり、教育訓練や空軍関連の論文において散見される7

このような表現が流行すること自体、かつて冷戦終結から2009年の軍改革に至るまでの長い間、多くの軍高官が「大祖国戦争の教訓」という型どおりの主張をもって改革に抵抗していた時代を思えば隔世の感がある8。このような変化は、2008年のジョージア戦争を始めとする複数の国外における実戦経験を経たロシア軍人たちの認識変化を示す一例と捉えることもできよう。

また、カルタポロフ、ジュラブリョフ、ジトコの3人が全て、シリアでの作戦に参加した経験を持つという共通項からは9、別の意味が見えてくる。そもそもジュラブリョフとジトコはシリアでの経験を普及するために軍管区司令官に指名されたとも言われており10、実際、2人の軍管区司令官は教育訓練の場において「シリアの経験を考慮に入れる」ことを強調する文脈において、「非スタンダード」という用語を使用している11

つまり、彼らが使用する「非スタンダード」という表現に限っては、「シリアの教訓」とほぼ同義と捉えてよいだろう。

シリアの教訓

では、ロシア軍はシリアで何を教訓としたのだろうか。これについてはすでに多くの先行研究がある。例えば、イスラエルの政府外交戦略学校教授のドミトリー・アダムスキーによれば、ロシアは主にC4ISRで重要な教訓を学んだとし、ISRからC212、打撃に至るまでのサイクル区分に注目した分析を行っている13

IHSジェーンはシリアからの映像やソーシャルメディア等の画像を交えながら、ロシアとシリア将校の調整の状況やUAVの活用、C2ネットワーク、衛星通信の利用、末端部隊におけるタブレット端末の利用といった場面を捉えて分析を行っている14

ケント大学のロジャー・マクダモットはかねてよりロシア軍のC2機能に注目した研究を行っているが、シリアの戦闘においてもC2で重要な教訓を得たとしている15

また、ナショナル・インタレスト紙はロバート・ハミルトン米退役大佐等、米国の安全保障研究者たちとのパネル・ディスカッションの様子を伝えているが16、同紙によれば、ロシアはシリアにおいて小規模戦闘から長距離の精密誘導兵器の運用までの幅広い技術上の教訓に加え、陸海空の統合運用やコアリッション・マネージメントといった組織運営までの幅広い重要な教訓を得たとして、ロシア軍にとっては「幸せな戦争(ハッピー・ウォー)」だったと評価している。

これに関して、先述のジュラブリョフ大将は、「シリアの経験」として学ぶべき「非スタンダードな形態と手法」の例として、迂回・包囲・浸透・突撃線までの隠密進出といった部隊機動、指揮統制、住民が残存する市街地での戦闘、攻撃無人機、電子戦、人道支援作戦等について言及しているが、特に強調しているのは「偵察-打撃および偵察-射撃の回路」と表現されるものである17

これはC4ISRのことをロシア式に言い換えたものと見られ、目標発見から攻撃に至るまでの各種アセットの運用や衛星通信、指揮統制活動を自動化して時間を短縮し、かつ精度をあげることを意味している。

総じて、「非スタンダードな形態と手法」とは「シリアの教訓」であり、その中身は多岐にわたるものの、主にC4ISRを意味している。すなわち、「非スタンダードな形態と手法」とは欧米諸国で言われるところの、いわゆるネットワーク・セントリック・ウォーフェア(NCW)とほぼ同義のものとして使用されていると考えられる18

ロシア版NCWコンセプトの形成

ランド研究所では、最近のロシアのC4ISR機能の近代化については「米国の模倣」と分析されている19。事実、セルジュコフ国防相(当時)のもとで2009年の軍改革を推進したマカロフ参謀総長(当時)は熱心なNCWの支持者だった20

ただし、この軍改革では軍のキャリアを持たないセルジュコフ国防相の強引な手法から軍の不満が高まっていたため、後任のショイグ国防相は軍の支持を回復するための努力が必要だったとされる21。「大祖国戦争の教訓」を主張するプライドの高い保守派の軍人たちにしてみれば、NCWという用語そのものが米国の模倣である点も不満のひとつではあっただろう。

当時マカロフは「将来的な指揮統制システムは、統一された情報網の使用に基づくものでなくてはならない。その情報網には、偵察、監視、ナビゲーション、識別、目標指示、目標誘導、火力運用、その他の下位システムが統合されることになるだろう」として、NCWの導入を常に意識していた22。ただし、マカロフは「軍の情報及び運用システムに必要な技術基盤の確立は、課題として残されている」と述べ、ロシア軍にはNCWの実現に至るための技術力が不足していることを指摘した23

そこでマカロフは6個軍管区を4個軍管区に再編して統合戦略コマンドとしての機能をもたせ、さらに師団を解体して旅団をつくり、これによって大隊戦術グループによる即応態勢を確立させるための基礎を築いた24。これは技術面ではNCWの実現は困難であるものの、組織のあらゆるレベルでC2機能を強化し、意思決定の速度を早めるための努力の一環だったといえる25

C4ISRの技術面が追いついてきた現在だからこそ言えることかもしれないが、ロシアの軍改革と装備の近代化は、NCWというコンセプトを通じて一貫していると見ることもできよう。

ロシア版NCWコンセプトの定着

米国のNCWはもともと、1990年代にOODAループという意思決定論を取り込んだ機略戦(Maneuver Warfare)という概念の発展を背景としている26。OODAループとは米国空軍のボイド大佐が提案した観察・判断・決定・行動のサイクルのことで、「パイロットの例ではどちらかが敵機を撃墜するまで途切れなく繰り返される」ことから意思決定過程を導いたものとされる。

このOODAループが米海兵隊に取り入れられ概念化されたのが機略戦であり、その根底には、技術の発展により陸戦の様相が空戦に近づきつつあるという認識がある。その結果として、機略戦では従来のような空間上の機動(Maneuver:敵に対し優位な位置へ移動すること)のみならず、時間的、心理的にも敵に対して優位に立つという意味での「機動」の必要性を求めている。

こうした米国の空軍の発想が海兵隊へ持ち込まれる形で発展した機略戦概念の構造と、航空作戦を主体としたシリアでの経験がロシア軍(特に地上軍)の「非スタンダードな形態と手法(≒NCW)」の後ろ盾となっている構造には、一定の類似性を認めることができよう。

もともと、意思決定速度を早めることで時間的心理的に優位に立つという考え方そのものは、前述のように2009年の軍改革の時点ですでに組織上取り入れられていた。その上で、シリアでは航空作戦や精密誘導兵器の運用を交えた軍種間統合の作戦が行われた。すなわち、一人の指揮官のもとに地上部隊も情報を共有し行動したという経験が、ロシア軍人にNCWという概念の必要性を肌で実感させる効果を生んだ可能性を指摘できる。

評価

ロシア軍がNCWを定着させつつある中で、おそらく最も注目すべき事象は、ロシアの「非対称行動」の1つである多連装ロケット部隊にまで27、このコンセプトが浸透しつつあることであろう28

この事象はジュラブリョフ大将が言うところの「偵察-打撃および偵察-射撃の回路」という表現にも見ることができる。なぜなら、従来は「偵察-打撃」、すなわち航空攻撃や巡航ミサイル攻撃(打撃:udar)の際に用いられていた意思決定過程が、今や「偵察-射撃」、すなわち多連装ロケットのような陸戦の主力となる火力(射撃:ogon’)にも適用されているからである。

これら一連の事象は、2009年の時点では技術基盤の不足によって停滞していた技術面での改革が、その後10年を経て技術力が追いつき、実現しつつあることを意味している。

そして現在、このような「シリアの教訓」はジュラブリョフとジトコという2人の軍管区司令官によってロシア軍全体への普及が図られている。とりわけ、ジトコ東部軍管区司令官の今後の発言が注目される。


  1. Ministry of Defence of the Russian Federation, “Komanduyushchij vojskami Vostochnogo voennogo okruga otmetil rost intensivnosti i pokazatelej urovnya boevoj podogotovki,” May 18, 2019, function.mil.ru/news_page/country/more.htm?id=12232064@egNews.
  2. “Zadachi – masshtabnye, nastroj – boevoj,” Krasnaya zvezda, March 11, 2019, redstar.ru/zadachi-masshtabnye-nastroj-boevoj/.
  3. “Tezicy vystupreniya nachal’nika General’nogo shtaba Vooruzhennykh Sil Rossijskoj Federatsii na brifinge, posvyashchennom podgotovke manevrov vojsk (sil) «Vostok-2018»,” Ministry of Defence of the Russian Federation official website, September 6, 2018, structure.mil.ru/mission/practice/all/more.htm?id=12194449@egNews.
  4. “S uchetom sirijskogo opyta,” Krasnaya zvezda, May 27, 2019, redstar.ru/s-uchyotom-sirijskogo-opyta-2/; “Otkaz ot dejstvij po shablonu,” Krasnaya zvezda, May 29, 2019, redstar.ru/otkaz-ot-dejstvij-po-shablonu/.
  5. “Effekt ukhoda ot shablonov,” Krasnaya zvezda, June 4, 2018, http://redstar.ru/effekt-uhoda-ot-shablonov/.
  6. “Gravnoe voenno-politicheskoe upravlenie sozdano v Minoborony,” TASS, July 30, 2018, tass.ru/armiya-i-opk/5413977.
  7. 例えば、S.A. Bogdanov, G.P. Kupriyanov, “On Some Approaches to of Operational Training in the Improvement Organization Armed Forces of the Russian Fedearation,” Vestnik Akademii Voennykh Nauk, no. 1, vol. 46, April 2014, p. 133, www.avnrf.ru/index.php/zhurnal-qvoennyj-vestnikq/arkhiv-nomerov/639-vestnik-avn-1-2014; N.P. Zubov, “By the Definition of Combat Power Arms Aerospace Forces,” Vestnik Akademii Voennykh Nauk, no. 3, vol. 48, November 2014, p. 38, www.avnrf.ru/index.php/zhurnal-qvoennyj-vestnikq/arkhiv-nomerov/669-vestnik-avn-3-2014.
  8. Robert Hall, “Russia’s Mobile Forces: Rationale and structure,” Jane’s Intelligence Review, vol. 5, no. 4, April 1993, pp. 154-155; 当時のロシア軍では大祖国戦争では初期対応のまずさからドイツ軍の侵攻を許し、1000万人以上の兵士が死亡したというトラウマを背景として、大規模な予備役動員を前提とする考え方が定着していた。Stephen Cimbala and Peter Rainow, Russia and Postmodern Deterrence: Military Power and Its Challenges for Security, Potmac Books, 2007, pp. 1-11.
  9. “Genshtab nazval voenachal’nikov, naibolee otlichivshikhsya v Sirii,” RIA novosti, December 8, 2017, ria.ru/20171208/1510511175.html.
  10. “Sirijskij opyt peredali Zapadu i Vostoku,” Kommersant, November 12, 2018, www.kommersant.ru/doc/3797582.
  11. “Zadachi – masshtabnye, nastroj – boevoj,” Krasnaya zvezda; “S uchetom sirijskogo opyta,” Krasnaya zvezda.
  12. C4ISRは指揮、統制、通信、コンピューター、情報、監視、偵察のこと。ISRは情報、監視、偵察を指し、C2は指揮、統制を意味する。
  13. Dmitry Adamsky, “Moscow’s Syria Campaign: Russian Lessons for the Art of Strategy,” Russie.Nei.Visions, No. 109, Ifri, July 2018, www.ifri.org/en/publications/notes-de-lifri/russieneivisions/moscows-syria-campaign-russian-lessons-art-strategy.
  14. “Russia learns military lessons in Syria,” IHS Jane’s Military & Security Assessments Intelligence Centre, 2017.
  15. Roger Mcdermott, “Russia’s General Staff Draws Lessons Learned in Syria,” The Jamestown Foundation, February 27, 2018, jamestown.org/program/russias-general-staff-draws-lessons-learned-syria/.
  16. “The War in Syria Has Been a Boon for the Russian Military,” The National Interest, November 8, 2018, nationalinterest.org/feature/war-syria-has-been-boon-russian-military-35547.
  17. “S uchetom sirijskogo opyta,” Krasnaya zvezda.
  18. デヴィッド・アルバーツ、リチャード・ヘイズ著、安田浩監訳『パワートゥザエッジ』東京電機大学出版局、2009年、109-117頁。
  19. Andrew Radin, Lynn E. Davis, Edward Geist, Eugeniu Han, Dara Massicot, Matthew Povlock, Clint Reach, Scott Boston, Samuel Charap, William Mackenzie, Katya Migacheva, Trevor Johnston, Austin Long, “What Will Russian Military Capabilities Look Like in the Future?” RAND Army Resarch Division, 2019, www.rand.org/pubs/research_briefs/RB10038.html.
  20. Viktor Khudoleev, “V nogu co vremenem,” Krasnaya zvezda, March 29, 2011, www.redstar.ru/2011/03/29_03/1_01.html.
  21. 小泉直美『ポスト冷戦期におけるロシアの安全保障外交 』志學舎、2017年、58-73頁; Igor Sutyagin, Russia’s New Ground Forces: Capabilities, Limitations and Implications for International Security (Whitehall Papers), Taylor and Francis (Kindle ver.), 2017, pp. 25-32.
  22. Khudoleev, “V nogu co vremenem.”
  23. Ibid.
  24. Sutyagin, Russia’s New Ground Forces, pp. 22-25.
  25. Roger McDermott, “The Restructuring of the Modern Russian Army,” Journal of Slavic Military Studies, vol. 22, no. 4, November 2009, pp. 485-501.
  26. 北村淳、北村愛子編著『アメリカ海兵隊のドクトリン』芙蓉書房出版、2009年、176-205頁。
  27. ボストーク研究所「ロシアの多連装ロケットについて」2019年6月27日、vostokresearch.jp/?p=501。
  28. Leonid Karyakin, “Proverennye boem,” Arsenal Otechestva, no. 2, vol. 28, June 16, 2017, arsenal-otechestva.ru/article/927-proverennye-boem; ロシアの「コルネット」対戦車ミサイルにも同様の傾向が見られる。Viktor Murakhovskij, “Tochno, izbiratel’no, nadezhno,” Arsenal Otechestva, no. 2, vol. 16, June 16, 2015, arsenal-otechestva.ru/article/451-tochno-izbiratelno-nadjozhno.

2019年7月6日