ロシアの多連装ロケットについて

分析資料

ソ連/ロシアにおいて伝統的に砲兵は「戦争の神」として重視されてきた。

ロシアの多連装ロケットが注目される理由

ロシアの軍事評論家アレクサンドル・フラムチヒンによれば、ソ連/ロシアにおいて伝統的に砲兵は「戦争の神」として重視されてきた1。同氏によれば、独ソ戦において最もドイツ軍に損害を与えたのは(BM-13多連装ロケット「カチューシャ」を含む)砲兵であったとし、1969年のダマンスキー島においても、ソ連軍は侵攻する中国軍部隊に対しBM-21多連装ロケット「グラド」によるたった1度の射撃で大きな損害を与え、ウクライナやシリアの戦況を見ても、その有用性は未だに衰えていないと主張している。

西側諸国においては、例えば2018年12月、ナショナル・インタレスト紙は「NATOが戦いたくない4つの兵器」のうちの1つにBM-30多連装ロケット「スメルチ」を挙げており2、ロシアの多連装ロケットに対する警戒感が強まっている。同紙は「スメルチ」について、次のように記述している。

ロシアの「次世代戦争」戦術は、電子戦や特殊部隊を使用して敵の位置を特定し、火砲によって殲滅するといった内容を含んでいる。例えば、グラドの長距離射撃は3分で移動中のウクライナ軍1個大隊を捉え、100人を超える損害を与えた。またBM-30スメルチほどロシア軍砲兵の致命的インパクトを例示するものはない。トラックに12発の300ミリメートルロケットを搭載し、それぞれのロケットには数十のクラスター子弾が含まれており、60マイル(※97キロメートル)先の目標に子弾の雨を降らせることができる。(略)標準的な破片榴弾や徹甲弾に加え、スメルチのクラスター・ロケットはサーモバリック弾頭の雨を目標に降り注ぐことが可能で、一面を火の海にすることができる。これによって、最初の爆風を生き延びた者たちの肺から酸素を根こそぎ奪うのである。

Sebastien Roblin, “Russia’s Way of War on Land: 4 Deadly Weapons NATO Won’t Want To Mess With Different history, different military makeup,” The National Interest, December 8, 2018.

こうした警戒感の背景の1つとして、西側諸国は2008年のクラスター弾禁止条約によって多連装ロケット(MLRS)の運用が事実上規制されている中3、ロシアは逆に多連装ロケットの近代化をすすめて能力差を拡大させている点が挙げられる。これはロシアが追求する「非対称行動の原則」のうち「禁止された戦闘行動の弱点を突く」にあてはまる典型例と考えられる4。これに関連し、前述のフラムチヒンは多連装ロケットの利点について、「(核兵器ではないので)環境破壊にならない」と皮肉をこめて言及している5

米国はクラスター弾禁止条約に参加していないものの、2008年にゲーツ国防長官(当時)が米軍に対し、2019年1月1日までにクラスター弾の使用を中止するように命令していたが、2017年にこの計画を破棄する見通しであると伝えられた6

また、2016年に元米陸軍士官で戦略家のロバート・スケールズは、ロシアの多連装ロケットについて、ワシントン・ポスト紙に寄稿した論説において次の点を指摘した7

  • ロシアのたった一度の砲撃によってウクライナ2個装甲大隊が数分のうちにほぼ壊滅
  • 一度のサーモバリック弾の集中運用だけで約1.4キロメートル四方すべてを破壊
  • ロシア多連装ロケット大隊の制圧範囲は米国のMLRS大隊の5倍以上
  • ロシアがウクライナで示した電子戦技術は米国をはるかにしのぐ世界最高のもの
  • ドネツク空港包囲戦でロシアは240日間にわたりGPS、無線、レーダー通信を妨害
  • ウクライナ軍指揮官は、電波通信を行った数秒後には集中砲火を浴びせられると発言

多連装ロケットの配備状況

現在、ロシアは次の表に示す多連装ロケットを保有している8

名称 配備開始(年) 保有数 (2017年) 口径(mm) ロケット数 射程 制圧範囲(東京ドーム)
グラド 1963 2550 122 40 40km
トルナドG 2014 74? 122 40 40km
GLONASS誘導
スメルチ 1989 100 300 12 90km 14
トルナドS 2016 24? 300 12 120km
GLONASS誘導
14?
ウラガン 1975 900 220 16 36km

この他、TOS-1A「ソンツェピョク」と呼ばれるサーモバリック専用で短射程である代わりに爆薬量を増大させた特殊な多連装ロケット(射程6km、他の多連装ロケットが装輪であるのに対しT-72と同じ車体で装軌、CBR防護部隊が保有)がある9

現在のロシアの旅団および連隊は1~2個大隊戦術グループ(BTG)を常時即応部隊として待機させているとされるが10、BTGには通常1個多連装ロケット中隊(「グラド」6両)が含まれており、この点は、西側諸国の陸軍とは大きく異なる特徴の1つとなっている。

東部軍管区の「ウラガン」及び「スメルチ」は、基本的には軍管区唯一の「ロケット砲兵」旅団である第338ロケット砲兵旅団(ウスリースク)に配備されていると見られるが11、「サハリン州のロケット砲兵」が例年、南部軍管区のカプスチン・ヤルで「スメルチ」の射撃訓練を行っているとのロシア国防省ウェブサイトにおける記述が見られることから12、北方領土を含むサハリン州においても少数の「スメルチ」が配備されている可能性がある。

また、「スメルチ」は2020年までに新型の「トルナドS」に更新される予定と伝えられている13

評価

西側諸国の陸軍は、米軍のような無人機による攻撃等の代替手段を確保しない限り、地上戦において多数の多連装ロケットを装備するロシア軍部隊を相手にした場合、相当の損耗を覚悟する必要があると考えられる。

この点は、西側諸国(特に陸軍の軍人)がロシアとの地上戦による損耗を恐れ、これを回避しようとする1つの動機になりうる。また、陸軍による代替手段等の予算要求の根拠として用いられる可能性も考えられる。特に「トルナドS」「トルナドG」といった新型の多連装ロケットへの更新が進むにつれて、このような傾向は強まるとみられる。

新型の300mm多連装ロケット「トルナドS」はGLONASS衛星誘導が可能とされ、かつ120kmという長射程は、旧式とはいえ戦術ミサイル「トチカU」(185km)に迫るものであり、もはや「多連装短距離弾道ミサイル」に近い能力を有する強力な兵器となっている可能性がある。

さらに、電子戦兵器の近代化はロシアの多連装ロケットの能力を高める相乗効果があると見られ、注目される。


  1. Aleksandr Khramchikhin, “Bog vojny po-prezhnemu v favore,” Nezavicimoe Voennoe Obozrenie, January 18, 2019, nvo.ng.ru/concepts/2019-01-18/10_1030_tsusima.html.
  2. BM-30多連装ロケットの他、T-72B3/T-90戦車、イスカンデル地対地ミサイル、S400地対空ミサイルが列挙されている。Sebastien Roblin, “Russia’s Way of War on Land: 4 Deadly Weapons NATO Won’t Want To Mess With Different history, different military makeup,” The National Interest, December 8, 2018, nationalinterest.org/blog/buzz/russias-way-war-land-4-deadly-weapons-nato-wont-want-mess-38182.
  3. 外務省「クラスター弾に関する条約」2018年10月9日、www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/arms/cluster/index.html。
  4. Andrej V. Kartapolov, “Lessons of Military Conflicts, Prospects of Development of Means and Methods of Administering them, Direct and Indirect Action in Contemporary International Conflicts,” Vestnik akademii voennykh nauk, Vol. 52, No. 2, July 2015, pp. 26-36, www.avnrf.ru/attachments/article/737/AVN-51(2)2015_print.rar.
  5. Khramchikhin, “Bog vojny po-prezhnemu v favore.”
  6. 「米国防総省、旧型クラスター爆弾の使用中止を撤回へ」CNN、2017年12月1日、www.cnn.co.jp/usa/35111261.html。
  7. Robert Scales, “Russia’s Superior New Wepons,” Washington Post, August 5, 2016, www.washingtonpost.com/opinions/global-opinions/russias-superior-new-weapons/2016/08/05/e86334ec-08c5-11e6-bdcb-0133da18418d_story.html.
  8. Edward Geist, “Appendix F: Indirect Fires,” Andrew Radin, Lynn E. Davis, Edward Geist, Eugeniu Han, Dara Massicot, Matthew Povlock, Clint Reach, Scott Boston, Samuel Charap, William Mackenzie, Katya Migacheva, Trevor Johnston, Austin Long, The Future of the Russian Military: Russia’s Ground Combat Capabilities and Implications for U.S.-Russia Competition: Appendixes, RAND Arroyo Center, 2019, p. 92, www.rand.org/pubs/research_reports/RR3099.html; “Novaya boevaya mashina «Tornado-G» prishla na cmenu ustarevshemu «Gradu»,” TV Zvezda, September 19, 2013, tvzvezda.ru/news/forces/content/201309190917-ue3t.htm; Khramchikhin, “Bog vojny po-prezhnemu v favore,”; Na smenu reaktivnym sistemam ‘Smerch’ idet eshche bolee moshchaya RSZO ‘Tornado-S’,” Telekanal Tsar’ Grad, December 30, 2016, tsargrad.tv/news/na-smenu-reaktivnym-sistemam-smerch-idet-eshhe-bolee-moshhnaja-rszo-tornado-s_42465; Aleksandr Grek, “«Tornado-S»: novye dal’nobojnye rakety rossijskoj armii,” Populyarnaya mekhanika, July 20, 2017, www.popmech.ru/weapon/369452-tornado-s-novye-dalnoboynye-rakety-rossiysko-armii/.
  9. Khramchikhin, “Bog vojny po-prezhnemu v favore.”
  10. Igor Sutyagin, Russia’s New Ground Forces: Capabilities, Limitations and Implications for International Security (Whitehall Papers), Taylor and Francis (Kindle ver.), 2017, pp. 22-25.
  11. “«Smerchi» i «Uragany» nakryli tentami-nevidimkami,” Izvestiya, January 13, 2017, iz.ru/news/656661.
  12. 例えば、Ministry of Defence of the Russian Federation official website, “Na poligone v Actrakhanskoj oblasti nachaloc’ uchenie s raschetami RSZO «Smerch» podrazdeleniya VVO, dislotsirovannogo na Sakhaline,” Februry 26, 2018, function.mil.ru/news_page/country/more.htm?id=12164332@egNews.
  13. Ministry of Defence of the Russian Federation official website, “Artillerijskie brigady perevooruzhat so «Smerchej» na «Tornado-S» do 2020 goda,” May 31, 2017, function.mil.ru/news_page/country/more.htm?id=12126593@egNews.

2019年7月6日