欧州とアジア太平洋の2正面で対応を迫られるロシア

分析資料

アジア太平洋地域地域での情勢が複雑化する中、米国は欧州でロシアに対する攻勢を強めている。

ショイグ国防相の情勢認識

欧州

8月21日、ショイグ国防相は、西部戦略正面における軍事政治情勢が「東部欧州におけるNATO増強、ポーランドおよびルーマニアにおける米国ミサイル防衛システムの展開、フィンランドおよびスウェーデンとNATOとの軍事協力の拡大が特徴的となっている」とし、生起しつつある脅威を無力化するため「包括的措置」をもって対応していると強調した1

アジア太平洋

またショイグ国防相は、東部戦略正面における軍事政治情勢が複雑化する傾向が維持されていることに関連し、東部軍管区における既存および潜在的な課題に適切に対処すると強調した。また「米国およびその同盟国の行動の目的はアジア太平洋地域における自らの影響力の拡大と、東南アジアにおけるロシアおよび中国の地位を弱めることにある」と発言した2

米国の行動

INF脱退

8月2日、米国がINF条約から正式に脱退し、同条約は失効した。24日、プーチン大統領は「米国の本当の意図はどのようなものか、疑問の余地はありません。規制を排除し、かつて禁止されていたミサイルを世界の様々な地域に展開するためのフリーハンドを獲得することにあるのです。非常に高いランクとレベルの米国政治家たちは、新しいシステムの配備はアジア太平洋地域から開始する可能性があると表明していますが、これは私たちの基本的な利益に影響します。すべてがロシア国境の近傍に所在しているからです」と発言し、米国に対し「シンメトリー(対称的)に対抗」する意図を表明した3

ボルトン米安全保障補佐官のウクライナ、ベラルーシ、モルドバ訪問

8月27日、ボルトン米国家安全保障補佐官がウクライナを訪問した4。また29日、同補佐官はロシアにとって重要な同盟国であり欧州への玄関口であるベラルーシや5。、親欧米派と親ロシア派で国内の政治対立が深まっているモルドバを歴訪した6

この訪問に関する米国の意図について、ストラトフォーはロシア周辺国に対する米国の影響力拡大のチャンスを探ろうとしたものと見ている7

経済分野における中国への対抗

9月1日、米国は1100億ドル(約12兆円)分の中国製品を対象に制裁関税「第4弾」を発動し、家電や衣料品など消費財を中心に15%を上乗せした。中国も同時に米国の農産品や大豆などに報復関税を課した8

朝鮮半島

北朝鮮のミサイル

北朝鮮は7月下旬から相次いで短距離弾道ミサイルと見られる飛翔体を発射しており、8月27日、国連安全保障理事会が非公開会合を開催、安保理としての声明はなかったものの、会合を要請した英仏独代表は「度重なる挑発的発射」を安保理決議違反として非難する共同声明を発表した9。これに関し、トランプ米大統領は「委員長は核実験はしていない。やっているのは、ずっと標準的な短距離ミサイル(の発射実験)だ。短距離ミサイルの発射実験は、多くの人々が行っている」と述べ、静観の構えを見せている。

韓国GSOMIA撤退

8月22日、韓国は「日韓軍事情報包括保護協定」(GSOMIA、ジーソミア)を破棄すると発表し10、これに対し米国務長官は「韓国の決定に失望」と表明したが、米国は日本と韓国の間で解決すべき問題だとして、積極的には関わらない姿勢を示している11

分析

アジア太平洋では、朝鮮半島の両国が米国の譲歩を呼び込むことを目的とした政策を打ち出す中、米国はこれに積極的な対応を見せず、その背景に中国の国力増大があると見て同国の経済力を弱体化させるための政策を打ち出している。かかる状況下、ロシアは米中の対立が安全保障分野に波及した場合、朝鮮半島はそのシアターとなる可能性のある地域として注目しているものと見られる。

他方、米国は欧州方面でロシア周辺国に対する外交的関与を強めていることから、ロシアは欧州とアジア太平洋の両面での対応を迫られている。ロシアとしては欧州正面における脅威の方がより深刻であるものの、単独での対応は困難であり、米国と対抗する上で中国との関係を維持強化するためにも、アジア太平洋での軍備増強にも取り組まざるを得ないジレンマに陥っていると考えられる。

  1. “RF adekvatno reagiruet na usilenie NATO – Shojgu,” Interfax AVN, August 21, 2019, www.militarynews.ru/story.asp?rid=0&nid=515364&lang=RU.
  2. Ibid.
  3. Security Council of the Russian Federation, “Prezident Rossii Vladimir Putin provel operativnoe soveshchanie s postoyannymi chlenami Soveta Bezopasnosti,” August 23, 2019, www.scrf.gov.ru/news/allnews/2633/.
  4. 「ボルトン米大統領補佐官、ウクライナ訪問 首脳会談の可能性探る」ロイター、2019年8月28日、jp.reuters.com/article/ukraine-usa-bolton-visit-idJPKCN1VH1X4
  5. 「米補佐官と異例の会談=関係改善呼び掛け-ベラルーシ大統領」時事ドットコムニュース、2019年8月30日、www.jiji.com/jc/article?k=2019083000235&g=int
  6. “Bolton Says U.S. ‘Strongly Believes In Moldova’s Sovereignty, Independence’,” RFE/RL, August 29, 2019, www.rferl.org/a/bolton-heads-to-moldova-belarus-for-regional-security-talks-after-kyiv-visit/30134555.html.
  7. “On Russia’s Borders, Bolton Probes for Openings for the U.S.,” Stratfor, August 27, 2019, worldview.stratfor.com/article/russias-borders-bolton-probes-openings-us-ukraine-belarus-moldova.
  8. 「米の対中関税「第4弾」発動、中国も即時報復」日本経済新聞、2019年9月1日、www.nikkei.com/article/DGXMZO49270340R30C19A8MM8000/。
  9. 「「度重なる挑発的発射」を非難=北朝鮮ミサイルで安保理会合-英仏独」時事ドットコムニュース、2019年8月28日、www.jiji.com/jc/article?k=2019082800171&g=int。
  10. 「GSOMIA破棄、「韓国の決定に失望」と米国務長官」ロイター、2019年8月22日、jp.reuters.com/article/gsomia-japan-south-korea-idJPKCN1VC0XU。
  11. 「GSOMIA破棄は「中国に有利」「日韓政府の人間性の問題」米高官」AFPBB、2019年8月28日、www.afpbb.com/articles/-/3241764。

2019年9月3日